慈照寺(銀閣寺)の歴史と見所を紹介!銀箔が貼られない理由とは?

慈照寺、通称銀閣寺は、わびさびの東山文化を代表する建築物です。

銀閣寺

華やかな金閣寺に比べると、地味に見える銀閣寺ですが、一度訪れると、その世界観の虜になることでしょう。

実際、金閣寺より銀閣寺の方がリピーター(再度訪れる人)が多いようです。

ここでは、銀閣寺観光をより楽しむため、簡潔な歴史と見所について紹介します。

1 歴史

銀閣寺は室町幕府8代目将軍・足利義政が創建し、1994年に世界遺産に登録されました。

<年表>

1473年、義政が子の義尚に将軍の座を譲り、

1482年、応仁の乱で焼失した浄土寺の跡地に造営を開始する。

1489年、銀閣(観音殿)が完成。

1490年、同年に死去した義政を弔うため、東山殿を寺に改め、慈照寺と呼ばれるようになる。

1952年、庭園が特別史跡及び名勝に指定される。

1994年、「古都京都の文化財」の一つとして世界遺産に登録される。

1.1 義政は無能?

銀閣寺だけでなく、東山文化の原点を築いた義政ですが、為政者としては無能だったと言われています。

・京都に寛正の大飢饉が起こり、巷に死体が溢れる中、邸宅・庭園の造営、女・酒に溺れ、何ら救済措置を取らない。

・優柔不断で自身の後継者指名が二転三転し、応仁の乱を招く。

・応仁の乱を他人事のように放置し、息子に将軍の座を譲って自身はいそいそと隠居生活を始める。

・応仁の乱後で京都が疲弊している中、民衆のためではなく、銀閣寺造営に財政を費やす。

ちなみに、一部の京都の人は「直近に起きた戦争は?」と聞かれると、太平洋戦争ではなく、応仁の乱と答えるそうです。

それほど大々的な武力衝突と混乱を招いてしまった、義政の責任の大きさが感じ取れるかと思います。

2 見所

★銀閣(観音殿)

銀閣

金閣が文字通り外壁に金箔が貼られているのに対し、銀閣は銀箔が貼られておらず、貼られていた形跡もありません。

その理由は、幕府の財政難説、義政の死により頓挫した説、外壁の黒漆が日光の加減で銀色に輝いて見えたからという説など、諸説あり、明確ではありません。

銀閣を訪れたら、黒漆が銀色に見えるか、確かめてみてはいかがでしょうか。

★東求堂

日本最古の書院造・同仁斎のある国宝で、わずか4畳半のこの部屋が東山文化の原点とも言われています。

毎年、春には特別公開され、同仁斎の内部を見ることができるので、ぜひ期間中に訪れることをオススメします。

★庭園

庭園

苔寺を模して造られたと言われる、庭園全面に広がる苔の美しさがわびさびの世界に引き込みます。

中国杭州の西湖をモデルにした銀沙灘と富士山型に盛られた向月台と呼ばれる砂盛りも見所です。

3 基本情報

参拝時間
参拝:夏季(3月1日〜11月30日) 8時30分〜17時
参拝:冬季(12月1日〜2月28日) 9時〜16時30分
参拝料
参拝:大人500円 小・中学生300円
所在地
参拝:京都市左京区銀閣寺町2
アクセス
参拝:京都駅より京都市バス17系統、または5系統乗車
参拝:⇒「銀閣寺道」下車
参拝:京都駅より京都バス51系統乗車
参拝:⇒「銀閣寺道」下車

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